Mic'oさんの住むボスニア・ヘルツェゴビナはデルベンタにお邪魔しました。朝早く着いてしまったのに旦那様にバスターミナルまで迎えにきていただいてしまいました。ありがとうございます。Mic'oさんとは高校の時の中南米留学仲間の同期で、私がメキシコにいたとき、Mic'oさんはチリにいたのでした。同じ頃に同じことをやっていた仲間というのは本当に面白いもので、Mic'oさんに会ったとたん、お互い(多分?私だけじゃないよね^^;)話がとまらなくなりました。高校の時の現地での話や、それからもうかな〜り長い時間が流れている訳ですが、その送ってきた人生についてなど等々・・・。Mic'oさんは何かといろいろ経験しているだけあって、私には刺激的で面白いです。ひゃー、そんなことあったの、こんなことあったの、うわあ、まじで!?みたいな話をずーっとお互い(多分?)していました。やっぱMic'oさんおもしろすぎ。
他のラテンアメリカ留学仲間のなかでも、その後そのまま、スペイン語を話す国々と関係する人生まっしぐらの人も結構いるのですが、私は「あんだけ中南米やスペイン語にどっぷりな高校生活をおくったにもかかわらず、その後、あまりそれと関係ない地域と関係した人生になっている」ところにMic'oさんとのシンパシーを感じたりして。Mic'oさんはぜんそくがでて夜眠れなかったと言っていて、しかもそんな状態の朝私が6時過ぎに到着してしまって、そこから話が始まってしまったので、かなりつらかったんじゃないかと思うけど、コーヒーをいれてくれたり、なんだかんだと本当にどうもありがとう!おなかがすくかと思ってか、話をしながらさっとでもケーキを焼いてしまうMic'oさんはすごい。子供のミッシュもかわいすぎ。このうちで誰も教えていないし、使ってもいないドイツ語ですが、TVでドイツの番組がそのままはいっているらしく、ミッシュは時々「ダンケシェーン」とか言っていた。子供ってすごい。
夜旦那さんがいろいろ案内してくれたのですが、暗くてぜんぜん写真がとれなくて残念でした。なので、昼に別のところでとった写真をば・・・。ここは結構まだまだユーゴの内戦のつめあとが色濃く残っている建物がそこら中にありました。もちろんきれいに改装したところもあったし、新しい建物もあったのですが、そういうところは写真にとらなかったので、こんな写真をのせるとこんなのばっかりだと思われてしまうかもしれませんが・・・(いや、でも、実際結構ありました)。この写真は民家で屋根が吹き飛ばされて、銃弾の後がのこっているお家。
これは薪を売っているお店っぽいのですが、こちらもボコボコのまま。Mic'oさんの旦那さんは夜にいろいろ案内してくれたとき「ここは以前とってもきれいな街だったのに・・・」といういい方をしていて、その修羅場を体験してきた人の口から聞くと、涙が出そうでした。ユーゴ内戦なんてほんとこの間までやってましたもんね。とくにここはクロアチアとの現在は国境となっている民族ライン(まぁ、民族ではないのでしょうが。宗教ライン?)がちかく、いっぱいクロアチア人がせめて来たんだそうです。
カフェ。男の人がいっぱいで煙がもくもくです。中国商店にいた青年に中国語で話しかけたらものすごく喜ばれてしまい、ここにつれてきてもらってチャイをごちそうになる。ヨーロッパ中どこでも中国人はあふれているとおもうけど、ここデルベンタでは4人しかいないんだそう。いろいろ苦労して大変だという苦労話をずっと中国語でできるのがうれしいようで、話がとまらなくなってしまった青年。がんばるのだよ。
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