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つーらんバァ

ばぁ茶んひなたぼっこ中。

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おいしいポーランド

ビゴス。英語で"hunter's stew home speciality"とあったのでシチューかとおもったら、あまりスープの部分がなく、なんか煮込みっぽい料理だった。


バルシチ。赤ビートを漬けて発酵させてつくるスープらしいです。赤ワインみたいな色です。酸っぱくて微妙に薬膳っぽい味。慣れたら逆に病み付きになりそうな味かも??


ピエロギ。中国からロシアを伝わってポーランドにはいってきた餃子らしい。中身はいろいろなのだけど、私が頼んだのは餃子の中にイチゴがはいっていてサワークリームがかかっていた。クレープだと思って食べるとまぁいけるが、餃子だと思って食べると微妙かも??



お惣菜パン屋さん

道ばたで売っている、小さいパンがひもでつながっているやつ。なんか出で立ちがかわいいと思う。もっているのは同じ旅人のイタリア人マリオ君(仮名)。



ジューイッシュレストラン。伝統的なユダヤ料理が食べられます。

プリムコーヒー。見た目だけじゃ分からないですが、はちみつのウオッカ入り。めちゃめちゃ度数が強くてくらくら。シナモンもはいっていました。



クーゲル。じゃがいもとたまねぎとたまごのキッシュみたいなもの。添えてあるのは、トマトとたまねぎときゅうりのピクルスでつくったペースト。おいしかったんだけど、腑に落ちない何かがある・・・と思っていたら、これ、多分ウエイトレスの人がお皿を逆さまに置いたね?葉っぱが後ろにくるとお皿の中が丁度よいレイアウトになったかも??
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クラクフ


ポーランドはクラクフへやってきました。


キオスクみたいなかたちだけど、フルーツとか売っています。

教会の門からのぞむ街角


道のパン屋さん



トラム


クリスマスマーケット


大道芸の人たちが沢山います。


このお兄さんのアコーディオン、うますぎてびっくり。ピアノよりすごい勢いでベートーベンとか引きまくっていた。アコーディオンでもこんなすごい演奏できるんだなぁ。

ビルケナウ収容所

アウシュビッツよりず〜〜〜〜〜っと広い大量殺戮工場ともいえるような、ビルケナウ収容所。ちょっと歩いただけでも全然果てが見えないような広大さに恐ろしくなります。アウシュビッツよりも当時のまま残っている部分が多い。


「死の門」と呼ばれた門から引き込まれた線路。


本当に広大で、一番むこうの棟がみえないぐらいです。これでもほんの一角。


他の一角。ここも果てしない広さ。まだまだもっと広いです。ちょっと歩ききれません。


囚人(にさせられた人)達が暮らしたバラック。


中はこんな感じ。

上の部屋の当時の様子。不衛生かつ寒かっただろうなぁ。



デザインは馬小屋と同じだそうです。


別の一体のバラックはこんな感じ。当時のまま残されています。ひとスペースに寝返りも打てないほど何人も詰め込まれていた。


イスラエルの旗をかかげ、歌いながら行進していたユダヤ人の団体。


ナチスがこのむこうに死体の灰をうめていたそうです。

遺品の数々

ナチスは囚人(にされた人々)から没収したものなどを集めて管理していたようです。今アウシュビッツの博物館にあるものだけでも、写真では伝わらないほどほんとうに「おびただしい」量なのですが、これはほんとごく一部のナチスが降伏する直前に処分しきれなかったものらしいです・・・。想像力を豊かにみると、本当にものが語ってくれます。


刈られた女性の髪。ナチスはこれを布地の材料にするようにして出荷していたらしい。三つ編みのままのものも入っていたりして、とても生々しい。髪の毛をぞんざいに無理矢理刈られた女性達はどんな気持ちだっただろう。


死体からあつめられた眼鏡の山。


ブラシなど。


食器など。


ユダヤ人などは「隔離された場所で生活させられる」とだけ思って生活用具などをカバンにつめて持ってきていたらしい。まさか収容所に着くや否や没収されるとは思っていなかっただろうなぁ。


死体から没収した義足や松葉杖など。死体からこんなものまで取り除いて使おうとしたのでしょうか。体が不自由な人も収容所につれてこられたんだと思うと・・・。


靴。ぺっちゃんこになった靴がやまもりになっていて、それがどあああああーーーっと展示されている。これでほんの一部だなんて信じられない量である。


子供たちの服。子供からもすべて残らず搾取したのでしょう。

子供たちの靴。

アウシュビッツ収容所


「働けば自由になる」とドイツ語で書かれたアウシュビッツの門。ARBEITのBの文字が逆さまで、「働けば自由になる・・・の反対」と言っているかの様。


電流が流されていた有刺鉄線の囲い。


収容棟。今、中は博物館になっています。


囚人(にされた人々)達が寝ていた布団を再現。ナチ将校が囚人を蹴飛ばしている絵が見えます。


アウシュビッツでいろいろなものをみたけれど、私はこの実際の囚人(にされた人々)達のポートレート写真がものすごく印象的でした。まずおびただしい数の写真がどあーーーっと掲示してあります。その人の名前と、収容所に来た日と死亡した日がかかれている。いろんな表情の人がいて、多いのが、不安そうでおびえたような顔。あとは、もうショックで意識が遠のいてしまったような焦点の定まっていない呆然としたような顔。中にはもうなにもかも悟りきったような顔まであった。この写真撮影に至った人は、まだ「登録」はされたわけで、収容所につくなりガス室に直行させられ、写真さえも撮られなかった囚人(にされた人々)の方がもしかしたら多いのかも。写真の中にはちょっと怒って睨みをきかせているような顔もあるんだけど、そういう人の死亡日をみると、ものすごくすぐに殺されていたりした。「お前、目が反抗的だ」とか言われて殺されちゃったのかなぁ、とかいろいろ想像してしまって、目頭があつくなる。でも、ここまでつれてこられて、頭を刈られ、何もかも奪われ、番号を入れ墨され、その上で写真を撮られるというのはどんな気持ちだっただろう。私ならどんな気持ちでカメラを見られるだろう、と悲しくなる。

時々個の写真に花が飾ってある。その人個人に飾っているということは、家族とか親戚がここを訪れて飾ったのだろうとおもう。自分の家族や血のつながった人をこういう形でみつけるというのはどんな気持ちだろう。



10号棟と11号棟の間の死の壁。ここで銃殺が行われた。


当時の様子。


ガス室。多人数を短時間で殺害できるように設計されている。ガス室のとなりにすぐ焼却のかまど室が併設されている。


ガス室でつかわれた毒薬、チクロンBの空き缶。

本当は、「死の棟」と呼ばれた殺戮の行われた11号棟とかも写真が撮れたのですが、11号棟に入ると特に頭ががんがんと痛くなってしまい、胸は締め付けられる感じで、くらくらしてしまい、カメラを構えるどころじゃなくなってしまいました。

もっとアウシュビッツの写真がみたい&詳しく知りたい方は、こちらのサイトなどでご覧になれます。

  • アウシュビッツ徹底ガイド

  • アウシュビッツ強制収容所
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    高校はメキシコ。
    韓国や中国に仕事で在住。
    その後東京へ舞い戻っております。
    地球を90カ国ぐらいウロつく。
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    2006年

    地球のほほえみ 臼井純子写真展

    2007年
    家族のほほえみ 臼井純子写真展

    キイトス茶房様にて開催致しました。皆様のお陰で、無事に終了することが出来ました。本当に有り難うございました!!
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